kego『水曜にチャリ話』バックナンバー集

Twitterで更新中の〜水曜にチャリ話〜のまとめ

水曜にチャリ話 その21〜25

👉その21

当時、チャリ部の副顧問は英語の教授でイギリス人。

細いタイヤの自転車に乗って、それがとても速いらしい。
いつものポタリングには来ないけど、チャリ部で恒例の、潮岬を目指す耐久レースに参加される事となった。
もちろん初対戦ながら楽しみなわけで‥🚴‍♂️

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👉その22

チャリ部の耐久レースは和歌山市からスタート。

ランドナーでガシガシ走る私と違い、イギリス人の教授はキレイな走りで速かった。

何とか追って水越トンネルを抜け、御坊市あたりも信号に助けられながら、白浜まで喰らい付いて走った。

問題はここから先‥🚴‍♂️

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👉その23

国道42号の郵便橋を渡って白浜から信号が減ると、教授のチャリは加速してランドナーが引き離されていく。

私にあるのは走りが好きな「気持ち」だけ、テクニックがまだ無かった。

串本のゴールに教授が1位、次に20分差で私との写真🚴‍♂️
英語の単位は取れた👌

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👉その24

2回生になる頃の話。

近畿学生サイクリング連盟(略して近サ連?)が主催するチャリポリーが今度大阪で開催するから、参加してみたらと先輩に言われた。

それは色んな大学のチャリ部員が集まり、連泊でライド祭りをするとのこと。

‥お祭りって何だろ?🚲

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👉その25

当時、チャリポリーの班別のライドを企画する近サ連のホストは阪大、近大、近農、同志社、奈良、そして私が参加した班の追大で、すごく賑やかなチャリ部の皆さんでした。

その追大班が用意したライドの行き先は能勢町

これが私の初めての能勢ライドです🚲

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👉つづく

 

 

《チャリ部では耐久ランが毎年開催されて、部内でサポートカーも手配して、学生ながら本格的でした。チャリポリーは貴重な外の世界を知る機会。他にもチャリダーが沢山いるのを知ると、何だか嬉しかったです🚴‍♂️》

 

 

 

 

 

水曜にチャリ話 その16〜20

👉その16

ランドナー旅の夜はJRで駅寝。たまに親切な人と出会う。

新潟県の最北の府屋駅で早い終電を見届けてたら、単身赴任の駅長さんが社宅に泊めてくれた。

飯風呂洗濯つき!感謝感激だった😄

翌朝、サイドに入れてた函館土産のスルメが猫達の食事会になってた🦑🐈

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👉その17

腹が減ってピヨるとハンガー、風呂に入れずピヨる?とバスガーと呼んだ。

当時、ランドナーで雨のなか走っては銭湯が見つからない日が続いた。

西敦賀で駅寝して走ると、お寺の方に風呂を提供して頂いた思い出。

最高の風呂でした。

珈琲と砂糖1㌔の差入付き‼️

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👉その18

ランドナーの長旅で毎日ガッツリ走っていた頃、3週間すると初めて身体に異変が出た。

それは意外にも右手の親指。

ハンドルを握り続けることで親指の神経圧迫が限界を超え、箸も持てなくなった。

けどペダルは回せるので旅は続行🚴‍♂️

元に治るのに半年かかった🤲

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👉その19

長旅の仕上げは鹿児島の佐多岬

当時は有料道路でチャリは通れなかった。

ただ、営業時間が過ぎたらフリーになるのが暗黙の了解で、夜明け前に忍び込み?岬まで走った。

これでゴール!ロングライドが好きになったキッカケの、3週間のランドナー旅でした🚲

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👉その20

ヒルクライムが好きなのは、チャリ部で札立峠T.Tが毎年あったから。

スタート地点までポタ、着いたら全員でガチレース。
チェーン落ち対策で最初から軽いギアにして、ぶり走りの25分台で1位を取ったのが始まり。

まだランドナーだけの狭い世界の話です🚴‍♂️

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👉つづく

 

 

ランドナー旅では夕方頃に駅で銭湯を探していると、地元の方から差し入れやら、泊めて頂いたりやらで、とても親切が嬉しかったです。

いつもは無人駅のイス寝がメインで、ベンチの上にロールマットを敷いて、寝袋に入って、転がり落ちずに器用に寝てました😴》

 

 

 

 

 

 

 

水曜にチャリ話 その11〜15

👉その11

18歳の夏、ランドナー宗谷岬に立っていた。

半額のスカイメイト輪行関空から稚内空港へ。

初めての北海道はワクワクしまくり、土産店で旗を買うと走り出す。
「何にも無いのがスゴイ!」
海と草原と牧場が見えるだけで、強い風の中を南へ向かいます🚲

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👉その12

北海道をチャリで走っていた話。

オートバイに乗った長い髪の女性ライダー(峰不二子?)が追い抜く時にくれたハンドサイン👍、数秒だけどカッコ良かった。

ツーリングマップの巻頭を見て気付く。
「同じ道を行きかうライダーにピースサインを。」
これだ😁🤟

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👉その13

皆さんはライダーハウスを見たことがあるでしょうか?

旅先で安く泊まれる宿で、バイクのライダーが多いですがチャリダーも勿論います🚲
私が一度泊まったのは留萌市 みつばちハウス。

大広間に雑魚寝でしたが、色んな人の話が聞けたり楽しく過ごせました🐝

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👉その14

ランドナーで走ってる時は、ついつい土産が増えてしまう。

サイドバックにいくらでも積めるから。
函館で買った酋長の面、ニポポ人形オホーツクに消ゆの影響?)、スルメイカ

当時は宅配便で送ることに気付かず、サイドに積んだまま持って帰ってました🚲

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👉その15

今も忘れずにいる、本気で死にかけたことが一度。

雨が降り続く中、国道7号で山形へ入った下り坂。ブレーキシューが減り切って全く止まらない。
時速40㌔、どう転ぶか考えた。

運良く信号が無く、逆風で減速して平坦地になり助かった。
メンテは絶対に大事🔧

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👉つづく

 

 

ランドナーで日本縦断、この時は日本海コースでした。とにかく雨が多くて、雨ガッパを着て走るけど荷物は濡れっぱなし。その分暑さは和らいで助かったかな。ピースサインは返してもらうと嬉しくなって、ずっと飛ばしまくった🤟ブレーキ無しでダウンヒルから生還したのは奇跡です》

水曜にチャリ話 その6〜10

👉その6

昔一人暮らしを始めた頃、暑くなる前にクーラー代をなんとか10万貯めた。

けれど向かった先は自転車屋

ずっと部車を借りるよりも、自分のランドナーが欲しい!
というわけで、相棒との長い付き合いが始まりました。
そして熱い夏に突入していきます🚲

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👉その7

初めての輪行は、連休に先輩ら8人で行った越前海岸ライド。

ランドナーをバラしてJR乗り継ぎ。

東尋坊を走り、晩飯を作ってテントで酒盛り🍻

三方五湖を走り、温泉入ってテントで酒盛り🍶

今思えば、これが自由なライドの醍醐味を知るキッカケでした🚲

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👉その8

チャリ部では厳しい合宿ライドもありました。

合宿中は個人の金銭使用禁止、食べ物の持込禁止。

部で食材調達したら自炊して積み込み🍙

スマホGPSも無い頃、地図を頼りに班別で走ってはコースミスで戻ったり。

ゴール後に壮絶な打ち上げが待ってます🚲

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👉その9

チャリ部の先輩から学んだこと。
礼儀挨拶、ストーム、イノコ、火器、酒と介抱、盲牌、奇跡の地球のハモリ‥

チャリの乗り方を聞くと、
「好きなだけペダルを回すだけだ、簡単だろ?」
「はい!」

その乗り方は今も続いてます🚲

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👉その10

長い夏休みを前にして。

整備しながら一年前にランドナーで日本縦断をした4回生の先輩との話。

「どうでしたか?」
「走って分かることがある。おまえも今しか出来ないことにチャレンジしとけよ」
「はい‥」

気になって気になって、その数週間後‥🚲

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👉つづく

 

 

《チャリ部に入ったこの頃は、部車のランドナーを借りて、乗り慣れるまで右往左往してたな〜。ギアチェンジが分からずに重たいギアのまま、坂を登ることになったり、変えようとしたら必ずチェーンが落ちたり。

どうしても自分のチャリが欲しかったので、垣下サイクルさんで共同発注。サイズも合わせてもらいました。飯作りは楽しかったな》

 

 

 

 

 

 

 

水曜にチャリ話 その1〜5

👉その1

チャリに染まったキッカケを思い出してみる…

それは18才の春。

初めての一人暮らしで心細いなか、キャンパスで色々とクラブ勧誘を受けた時。
見つけたのはサイクリング部。

「週一回ポタリングしてます」
ポタって何だ?と思いながらも、即決しました。

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👉その2

入部したのは体育会サイクリング部。

男女40人程が賑やかに集まり、部室はテントや寝袋、フロントバッグ、鍋とコッフェルが積まれ、車庫にランドナーがズラり。

「おお、これがサイクリング車か〜!」
ロードバイクの存在はカケラも知らない頃でした。

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👉その3

当時の部車のランドナーは鉄の塊で重たく、キャリアも前後に付いて頑丈そのもの。

タイヤはママチャリと同じ。

銀色の細長いインフレーター(シートステーの突起👇に付けてた)を使って手でシャカシャカ入れるから、空気圧ふわふわ。

けど乗り易かった🚲

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👉その4

週末は部のポタリング

ランドナーに鍋とか乗せて、トゥークリップ👇のペダルを回しながらゆっくりと山へ。
コールマンで米を炊き、豚汁40人分を作って皆でランチ。

ルールは一つ、食べ残さないこと。
食べ物への感謝と、山に残飯を捨てない為でした🍲

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👉その5

部のポタリング

帰りはミニヒルクライム
「吐くまで漕げ!」

と先輩の檄が飛び、1位目指して一斉に登り出しますが、新入りは皆、ギアチェンジでチェーンを落として即終了。

ランドナーのギアは前3段、リア7段、微妙なレバー操作に悪戦苦闘が続きます。

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👉つづく

 

〜ふりかえり〜

《入学式の後、知り合いも誰もいないから寂しくしてたら、楽しそうにしている赤ブルゾンの先輩達の集団を見つける。うらやましくて、声をかけて貰ったのが嬉しくて、それがサイクリング部と知って、何が何でも入りたくなったのでした。》