👉その156
縦断10日目。むつ市でツレと別れ際、2日後の晩に仙台で会う約束をしたから、海岸沿い580kmを強行する最終日の朝。大船渡駅でランドナーに干してた雨ガッパが消えた。
宮城県に入り国道45号の長いトンネルと峠を幾つか越えつつも、駅に寄ってはスタンプ🚴♂️
👉その157
峠を越えて気仙沼市、石巻市を走る。松島の海は和歌の浦みたい。仙台市に着くが携帯も無い時代、駅でツレの到着を信じて待つ。R4を盛岡経由で晩に来た。
「おう、待たせたな」
一緒に屋根のある寝床を探して総合運動場の土俵を見つける。綱を枕に寝た🚴♂️
👉その158
縦断11日目。仙台市から私は太平洋沿い、ツレは内陸と再び別々のルートを進む。
「気をつけてな」
「おう」
因みに次会うのは下宿先だった。
雨が降り出して200円のポンチョを買う。
大型車の多い国道4号を避け、海沿いの県道を走ってまもなく福島県へ🚴♂️
👉その159
ストロベリーラインと呼ばれる海岸沿いの県道38号を走って福島県に入る。道に苺畑が広がる🍓
新地町の駅に寄り道したら、人懐っこくて強そうな猫がいた。猫と遊んでいると福島新聞の記者から取材を受けた。
どんな記事か知らないまま国道6号で相馬市へ🚴♂️
👉その160
福島県は広かった。合併前の原町市に行くと駅はなぜか原ノ町駅。当時は市町村合併が一気に始まる前の頃で、ちょっと進むたびに境界の入口にある町の標識をたくさん見たりした。
浪江町、双葉町、珍しい地名の夜ノ森。国道6号で眺めたのは震災前の景色🚴♂️
👉つづく
《仙台でツレと別れて再びソロライド。震災前の福島県を走る。ほとんど景色は覚えていないが、福島第一原発に関するルポ的なドキュメンタリー映画を当時は上映していた》