👉その91
恐怖は人を速くする。当時の札立峠T.Tは野上町の神社の角から。そこまではチャリ部の皆んなでポタリング。
教授はロード、私はいつものランドナーで最後尾に同時スタートしたら、恐怖心で最初からラストスパートの逃げ。十代は何でもできて素晴らしい🚴♂️
👉その92
教授と札立峠バトルクライムは直ぐにラストスパート🚴♂️
「おい、待てコラ!」
「ひゃ〜!」
踏みまくって恐怖のゴール!勝った。
「逃げられたか。おい、ビール買ってこい」
「先生にビールだ!あそこ自販機!」パシる一回生。
まだ何でもありの頃でした🏆
👉その93
当時、ロングライドの炊飯はコールマンのガソリン式バーナーを使った。
旅先のガソスタでレギュラー1㍑を買っては充填した。
余ったガソリンはそのまま捨てる訳にもいかず、家でランドナーのチェーンを洗ってるうちに蒸発したが、汚れはよく落ちました🚲
👉その94
1996年の話。チャリ部の部会にて。
「近サ連から、五月山RTTの案内が届いたぞ。」
RTTとは、ランドナータイムトライアルの略だった。貴重な部外のヒルクライムレース。
「行きます!五月山ってどこですか?」
当時は五月山がどこかを知らなかった🚴♂️
👉その95
近サ連の五月山RTT。チャリ部以外のレースはこれが初めてだった。同期と2人で参戦。
当時はランドナーに乗る時、ヘルメットをする習慣が一般的に無かったと思う。
「原付のメットを先輩に借りよう」
「グローブも無いぞ」
「軍手だな」
準備オーケー👌
👉つづく
《札立峠T.Tはチャリ部で夏の終わりの一大イベント。この部内のヒルクライムレースはドーナツコンクリの激坂をランドナーで登るという、今では考えづらいものだったが、何故か毎年好きなレースだった🚴♂️》